竹駒のおキツネさん

トップページ > 竹駒のおキツネさん


竹駒神社の霊狐像 縁起解説

 この像は竹駒神社の御創建の縁起にかかわる霊狐像で、口には稲荷大神の司る「稲穂」と堅く閉じ塞がれているものを導き開く「鍵」をくわえ、五穀豊穣と開運招福をもたらすという意味が込めらています。その姿は後ろ足を蹴り挙げて飛び跳ねており実に躍動感があります。
 「竹駒神社縁起記」によれば、承和9年(西暦842年)参議・小野篁(おののたかむら)卿(平安朝廷の高級官吏) が陸奥の国司(陸奥守/むつのかみ)に任じられ、多賀の陸奥国府(現在の多賀城市に設けられていた東北地方の行政・軍事・文化などを司る役所)へ赴任するにあたり、山城国伊奈利山(やましろのくにいなりやま)(現在の京都伏見稲荷大社)に詣で、稲荷大神を国府鎮護の神となさんことを懇請しました。大神は篁卿の至情に深く感心して、白狐の姿をかりて現れました。篁卿はこの白狐と化した稲荷大神の御分霊を長櫃(ながびつ)に奉じて多賀の国府に向かいました。その途中、名取郡南長谷村(現在の岩沼市南長谷地区)に差しかかるや、長櫃の中で八声啼き声がしたので、どうしたことかとその蓋をあけると御分霊の白狐(霊狐)が跳びだし、武隈の森(当神社裏手の森)に駆け込んで姿を隠しました。それにより篁卿はこの場所を稲荷大神の御神意にかなう場所として神社を建て、お祀りされたとされています。
 この「飛躍の霊狐像」は、このような当社の縁起記の記述をもとに日本彫刻界の巨匠小倉右一郎氏の手により、森に駆け込む霊狐の飛躍する姿を表現した全長2・27メートルの像で、昭和25年の初午大祭にあたり、当神社外苑にテントを張り興行した動物サーカス興行主の樽谷鹿太郎氏が、事業発展に対する神恩感謝の証として昭和31年に奉献されたものです。

宮城県岩沼市稲荷町1-1
tel 0223-22-2101

開門6:00 閉門17:00(どんと祭の時のみ、閉門0:00)

JR東北本線、常磐線「岩沼駅」の東口より徒歩で約15分